宇野常寛に感じていたゼロ年代と90年代における切断線の正体

例によって第4回は未読なのだけれど、ここで一度、このブログにおける『ゼロ年代の想像力』関連エントリとその所感をまとめておこうと思う。今回、新たな批評的視線は特に用意していない。この内容は本来であれば前回のエントリに含めてしまっても良かったのだが、状況を整理するためにこのような形式としている。

このブログでは継続的に『ゼロ年代の想像力』に言及して宇野常寛氏に視線を当てていたわけだけれども、それを通じて宇野氏にはいくつかの違和感を覚えていた。そのうちのひとつは宇野氏が東氏をセカイ系の亡者と呼んでいることであり、もうひとつは宇野氏が90年代の想像力とゼロ年代の想像力を切断して捉えている(ように感じられる)ことだった。前者は以下1のエントリで指摘しており、後者については2のエントリで簡単に触れていた。

  1. 『ゼロ年代の想像力』第2回で気になった宇野常寛と東浩紀のズレ
  2. 『ゼロ年代の想像力』を読んだ僕たちにできること、あるいはできないこと

正直なところ2に関しては、当時は直感と印象に頼るのみで、宇野氏による90年代とゼロ年代の切断はどこにあるのかといったことを実際のところあまり真剣に検討していなかった。しかし、上記の1と以下のエントリを書いたことによって何となくヒントを得られたように思う。(エントリの時系列は2が最も早期)

自然主義的リアリズムとまんが・アニメ的リアリズム – 宇野常寛が見落としているもの

ここで触れたように、宇野氏は90年代とゼロ年代のいずれにおいても二次創作とそれに関連した想像力を検討の対象としていない。

二次創作に限らず、「まんが・アニメ的リアリズム」に基づいた作品は虚構をルーツとしている以上、データベース消費的に生み出されることもある。新井素子に端を発する「まんが・アニメ的リアリズム」では、先行作品から生成された萌え属性や物語の最小単位をモジュールとして組み合わせて別の物語を再構築するといった手法を積極的に採用してきたといえるだろう。たとえば以下のエントリのように。

僕が考えたドラえもんの二次創作

このように、先行作品(原作、二次創作etc.)へのリバースエンジニアリングと、そこから得られた想像力のモジュールを取捨選択の上で再構築することによって次の作品が生まれているという光景は、「まんが・アニメ的リアリズム」、ひいてはオタク系文化では日常的なものとなっている。そして、そのような二次創作的な想像力の加速が見られたのが90年代だというのが個人的な実感だ。

例えば90年代のひとつの現象だった『新世紀エヴァンゲリオン』は、物語のラストで主人公たちがロボットに乗って戦うのではなく、平穏な日常を送るという別の可能性の世界を見せた("学園エヴァ")。つまり、『エヴァ』においてはオリジナルの段階から既に二次創作が取り込まれていたということになる。この作品は何も心理学や社会学といった90年代を象徴するモチーフだけで構築されていたわけではない。確かに宇野氏が指摘するように、大きな物語の喪失やカルト思想などと同時代性を共有していたのだろうが、それはこの作品の側面のひとつであってすべてではない。そして逆もまた然り、だ。

だから、オタク系文化では虚構(二次創作的な想像力)あるいは現実(現実そのもの、同時代性)のどちらかだけで年代記のようなものをまとめようとしても、どこかで忘れ去られてしまう想像力が出てくるのではないかと思う。そして宇野氏は現実のみでそれを行おうとしているように思える。この断絶こそ、宇野氏がid:nuff-kieに、90年代の想像力とゼロ年代の想像力を切断しているように感じさせたものの正体だ。(つまり上記の1と2で感じていた違和感の正体は同じものだったということになる)

例え宇野氏の言うように90年代がセカイ系の時代でゼロ年代決断主義の時代だとしても、90年代の作品とゼロ年代の作品の間にまったく関連性がないとは言えないだろう。そこにはかたちを変えながら連綿と受け継がれていく想像力が何かしら流れているのではないだろうか。もはや萌え属性のような細分化されたコードしかなかったとしても。そしてその場合には、データベース消費やゲーム的リアリズムといった二次創作的な消費環境に言及している東氏の批評を参照するほうが適しているはずだ。

現時点での『ゼロ年代の想像力』への個人的な印象をまとめると上記のようになる。結論としては、宇野氏が『ゼロ年代の想像力』でやっているようなことをやるためには、虚構と現実それぞれを考慮していく必要があるのではないかということを指摘しているわけである。まだ連載途中である以上、もしかしたら今後はその流れになるのかもしれない。だから早々に結論を突きつけるのではなくて長い目で見ていかなくてはいけないのだろうが、ひとまずは第3回までを読んだ印象でいちど区切りをつけたいと思う。