批評とは…
『ゼロ年代の想像力』第1回で、宇野常寛は「批評」について以下のように述べていたんだけれど、
2007年の現在、批評とは特定のキャラクターをアピールしたい人のためのツールとしてしか機能していない。
それっぽいことを言って煙に巻こうとしているのか知らないけど、何の話をしているのかよく判らないよ…。だったら俺は、東浩紀の言葉を改変して、次のようにまとめようと思う。
批評とは、誰かが発見しなければその良さが埋もれてしまったかもしれない想像力を見落とすことなく評価すること。*1
「埋もれてしまったかもしれない想像力」と書いた理由は、マイナーな作品を評価するのが批評家の仕事なんだぜという話では決してなくて、作家が生み出した想像力を、それが些細なものであってもスルーせず、敏感にキャッチする感度の高いアンテナを持つことこそ批評に必要だと思うからです。そして、その想像力を“どのように”評価するかは人それぞれ。
だから、批評とは作家の想像力と読み手の間に通常の読みとは異なる回路を設けて接続すること、それ自体だと思うんだ。勝手な意見だと思うかもしれないけど、これまで俺はそうやってきたし、これからもそうやっていきたいな。
*1:改変前の原文は「誰かが良さを発見しなければ、決して評価されなかったかもしれない作品を作り出す、というのが本当の作家だと思うけれど」『美少女ゲームの臨界点』P.97より